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ジョフィティア王国近衛騎士のボク
ジョフィティア王国の近衛騎士といったら、国の中でもトップクラスに強い人がつける役職。基本的に剣術が強い人がなるものと思われがちだけど、魔法が強い人でもある程度剣術が使えれば、なることは出来る。
ただ、ボクの場合は、完全にコネで就職した。
数年前に殉職した父が国王の近衛騎士で、母は宮廷魔術師だった。その上、ボクが通っていた王立魔法学院の同期に、時期国王であるケイム王子がいて、学生時代はそれなりに絡むこともあった。そんなわけで、ボクがケイム王子の近衛になったのは、当然の成り行きだったのかもしれない。
学院の卒業後、配属になったのはシン・シェリング隊長の部隊だった。実は、シン隊長は次期王位継承者であるケイム王子の兄君なのだが、正妃様の子供ではないこともあって王位を破棄され、しばらく留学していた。そして、帰ってきてすぐ、ケイム王子の近衛隊の隊長になった。ボクと年は変わらないけど、実力もさることながら人が出来ているというか、隊長として申し分ない人だと思う。
近衛隊は、十人で一チームを組んでいる。このチーム編成が六つほど存在し、交代でケイム王子の警護にあっているというわけだ。このチームの中にも、王子のすぐそばにつき従って警護をしたり、場合によっては王子の手伝いをしたりするポジションと、王子のいる場所の周辺を警戒するポジションとがある。ボクは以前から付き合いがあったためか、いつもケイム王子のそばに仕えることが多かった。
配属されて一ヶ月。研修と実地訓練が終わり、正式に近衛隊員として働き始めることになったときはけっこう緊張したものだけど、ケイム王子の手伝いは学生時代とあまり変わらない感じがして、すぐに緊張しなくなった。
「ヤエル、この書類、仕分けしておいてくれ」
「え」
ケイム王子はボクを見ながら、書類の山をポンとたたいた。
「サインと判がいるのと、サインで済むのと、目を通すだけでいいのとだ」
「はぁ……。でもそういう仕事は文官が……」
「文官には別な仕事を与えている。お前、こういうの得意だろう」
言いながらも、ケイム王子は別な書類の山と格闘中である。それを手伝う文官もけっこう必死な状態に見える。
「命令ならやりますが……。その分、身辺警護がおろそかになりますよ?」
「兄上が周辺の警護に当たっている。問題ない」
シン隊長に、ケイム王子は絶対の信頼を置いている。
「……わかりました。こちらの席をお借りしてもいいですか?」
「ああ、好きに使え。それが終わったらまた次の仕事があるからな」
ボクはそうして今日も、ケイム王子の手伝いに精を出す羽目になった。
仕事を終わり、次の隊と交代になった。ボクは城内にある城仕えの武官の控え所へ移動を始めた。控え所は、剣の手合わせなどを行う修練場、武具の修理所、食堂などがあって、この隣には一般兵士のための大部屋の寮と、独身騎士のための個室の寮がある。ボクは騎士の独身寮で生活していて、日常的にはあまり城の外に出ない。
何かが、間違っている気がした。配属されてから最初の研修のときと訓練以外の時間には、ずっと書類と格闘している気がする。近衛騎士になったはずなのに、ボクがやっていることといったらほとんど文官のやっていることと変わらない。最近そういえば剣を振るった記憶がない。
「お疲れ。今日も弟を手伝ってくれてありがとう」
シン隊長が声をかけてきてくれた。
「ああ、隊長」
近衛隊長クラスは、個別に執務室が与えられているため、控え所の方にはあまり顔を出さないことが多いのだが、シン隊長は執務室にいるよりも控え所にいて、他の兵士たちの相手をしていることが多い。もちろん、隊長の仕事をこなすために執務室にこもっていることもあるけれど。
「すまないなぁ。本来なら君のやってることは文官の仕事なんだけど」
「はぁ、王子にもう一人、文官をつけた方がいいように思いますが……」
「うーん、一応、進言はしてるんだけど……」
シン隊長は軽く首をかしげる。「もしなんだったら、君が文官に転属した方が早いかもな」
「え」
確かにボクは文官の仕事に向いていると王子からは認識されているようだ。しかしボクは、文官になりたいと思ったことはない。
コネで就職したのは間違いないが、ボクはそこそこ剣も使えるし、魔法だって返還義務のない奨学金で王立魔法学院を卒業出来たくらいには使える。近衛騎士としての能力は、一通り持っているつもりだ。
「けど、君は魔法も剣も使えるし、文官にしてしまうのは惜しいと思うんだ。やっぱり近衛騎士っていうのが一番なんだよな」
にっこり笑ってシン隊長。剣術と魔術の両方を使える者は稀である。確かに近衛騎士の中には魔法戦士の割合が少なくないが、それは大量にいる兵士の中からかき集めた結果なのだ。魔法戦士は、たとえ剣術と魔法のそれぞれがトップクラスの実力でなくても、それだけで査定は高くなる。そういう意味では、ボクは優秀な近衛騎士といえるのだろう。
会話していたそのままの流れで、シン隊長と一緒に食事を取ることになった。控え所の食堂に向かって歩いていると、少し先を歩いていた人物に、シン隊長が声をかけた。
「アレク」
「……、殿下」
「珍しいな、ここにいるなんて」
シン隊長は楽しそうに話しかけているが。ボクは一気に緊張した。そこにいたのはアレクス・オーウェン近衛隊長だったからだ。オーウェン隊長は、シン先輩と同等の身分の近衛隊長である。シン隊長は気さくな人だし年も近いからそれほど緊張しなくなったが、別隊の隊長となれば話は別だ。
「これからお食事ですか?」
オーウェン隊長が尋ねる。
「ああ、ヤエルと一緒に」
オーウェン隊長と目が合った。ボクはあわてて敬礼した。研修のときに、剣の手ほどきを受けた。礼儀やルールを重んじる人だ。剣の手ほどきそのものよりも、規律を重んじる姿勢に、この人の前ではしっかりしていなくてはならないという強迫観念のようなものを覚えた。
「では、私もお供します」
「あれ? 弁当は?」
「今日は……妻がちょっと……」
オーウェン隊長は、少し困ったような顔をした。いや、照れている。ボクは驚いていた。この人がこんな顔をするとは思わなかったのだ。研修中、クールな姿勢を崩すことはなかった。
「え? サラの具合でも悪いのか?」
心配そうに、シン隊長。
「いえ……。心配には及びません」
「まさか、ケンカでもしたとか?」
「いえ、そのようなことは。元気いっぱいです」
「そうか。それならいいんだけど……。今度、顔を出すように言ってくれ。結婚式以来会ってないし、せっかく近くにいるのに全然顔を合わせないのもなんか淋しいし」
「……それは、ご命令ですか?」
「いや? 友人と会うのに命令も何もないだろう」
シン隊長はきょとんとしている。オーウェン隊長はあせっているように見える。なんだか二人の会話が少しちぐはぐな気がした。
「あの……、シン隊長は、オーウェン隊長の奥様とは……?」
ボクは遠慮がちに発言した。話がまったく見えない。
「ああ、ヤエルは知らないのか」
シン隊長は嫌な顔ひとつせずに言った。「アレクの妻になったサラは、俺が留学していたときに知り合った後輩なんだ。アレクは俺の留学先で剣術の先生してて、それが縁で結婚した感じかな」
「へぇ、そうなんですか。……え? シン隊長の後輩?」
「うん。確か今、サラは十六だったよな?」
「はい」
「え」
若すぎやしないか。ボクは思わずオーウェン隊長を見てしまった。オーウェン隊長の年はよく知らないが、確か三十を超えているはずだ。ほぼ半分の年のお嫁さんをもらったということになる。
なんか意外だ……。オーウェン隊長が若い娘に夢中になるとか、そんな風には全然見えない。むしろ硬派で女嫌いと言われた方がよっぽどそれらしい。
オーウェン隊長が咳払いをした。ボクはじっと見つめていたことに気づいてあわてて目をそらした。
「とにかく、飯を食おう」
シン隊長が促して、ボクたちは再び食堂へ向かって歩き出した。シン隊長とオーウェン隊長は、隊長同士の話をしているのでボクは二人に従って歩くだけだったが……。オーウェン隊長の意外な一面を知って、ボクは落ち着かない気分だった。
「サラは確かに十六で、オーウェンの嫁だな」
ケイム王子が言った。
「オーウェン隊長がそういう若い人と結婚するとか意外で……。もしかして政略結婚とかそういうことですか?」
「いや。政略も何も、そういうことを考えて結婚してないぞ、あいつらは」
仕事の合間に、ケイム王子から何か面白い話はないのかと尋ねられたので、この前のオーウェン隊長のことを話した。ケイム王子はオーウェン隊長の結婚式にも出席しているので、奥様とも面識があるらしい。
「シン隊長はサラさんに会いたがっていましたよ。やっぱり学友というのは特別なんでしょうね」
「そうだな。……お前には仕事を頼みやすい。実力をよく知っているからな」
ボクにだけ特殊な仕事を頼むことが多いと思ったが、それはそういう理由なのかと改めて納得した。
「休憩かい?」
シン隊長が声をかけてきた。周囲を一回りしてきたのだろう。
「はい。ヤエル、兄上にもお茶を入れて差し上げろ」
「かしこまりました」
「ああ、ありがとう」
ボクは隊長にお茶を入れた。普通はメイドなどがやる仕事なのだが、ボクが近衛を担当するときは、メイドに用意だけさせて、お茶入れはボクにやらせる。一度、どうしてボクにやらせるのか尋ねたら、誰が入れても味は大して変わらないし、それなら信用のおける人間に入れさせた方がいいし、お前にはまったく気を使わなくていいからと言われた。信用されているというのはありがたいが、まったく気を使わなくていいと思っているのはどうかと思う。
「そういえば、この前アレクと話していて、サラの話が出たんだ」
シン隊長がお茶を飲みながら言った。
「今、ヤエルからその話を聞いていました」
ケイム王子はシン隊長と話すとき、敬語を使う。身分としてはケイム王子の方がはるかに上なのだが、その一線はどうしても譲れないらしい。シン隊長は状況に応じて、王子や他の貴族と話す口調を改めたりしている。今は、ボクを除けば兄弟しかいない状態なので、特に敬語を使っていないようだ。
「……もしサラにその気があるなら、近衛として雇い入れるのも悪くないかと思ったんだけど、どう思う?」
「兄上がそうお考えになるなら、反対するいわれはありません」
「そっか。身近に置くのは信用出来る人間の方がいいだろうし、魔法は使えなくなったらしいけど、サラの剣の実力もかなりのものだからな」
「魔法が使えなくなった……?」
ボクは少し驚いて思わず口に出してしまった。
「ああ。ここに戻る前のことだけど、アレクが死に掛けて、蘇生させるために、サラの魔力をほとんど使い切ってしまったんだそうだ。今じゃほとんど魔法は使えないらしいけど……、本当に全然使えないものなのか?」
シン隊長がケイム王子に尋ねる。シン隊長は魔法が使えない。一方、ケイム王子は王立魔法学院を首席で卒業した魔法のエキスパートだ。魔法については詳しい。
「サラはもともとヒーラーでしたから、ごく初歩の回復魔法なら使えないこともないですが……。せいぜい、魔力を感知するくらいしか役に立たないと思います」
「そうか。でも、サラは薬草についても詳しいし、魔法が使えなくても癒し手としてはけっこう実力があると思う」
「はぁ、そうなんですか……」
ボクは、オーウェン隊長が命がけのやり取りをするような、とても劇的な出来事があって結婚したのかと、そのことに変に感心してしまった。
「まぁ、惜しいことをした気もするな。サラは全属性の魔法を使えたから」
ケイム王子がため息混じりに言った。
「全属性……? 本当ですか?」
ボクは驚いてしまった。魔法使いといわれる人たちの中でも、全属性を扱えるとなると、それはごく少数派である。魔法には大きく分けて四種類あり、白魔術、黒魔術、水風精霊魔法、火土精霊魔法とに分かれる。ボクが使えるのは白黒魔術の二種類と、火土精霊魔法を少しだ。三種類使えるだけでもかなりのもので、ボクが学院で奨学金をもらって勉強出来たのは、三種類の魔法を使えたからである。
「本当だ。戦力って意味では、俺なんかよりも上だったんじゃないかな。俺は魔法が使えないから一度に相手出来る数が限られてくるけど、サラの場合、相手の数が多ければ魔法で対応出来たし、数が少なければ剣術でたたき伏せてたし。うん。強かった」
シン隊長にそこまでほめられるというのはすごいことだ。シン隊長は城内でもトップクラスの強さを誇るわけで……。シン隊長は割とマメに人をほめることをするけれど、自分と比べて強いという言い方はしない。それは、自分より強い人間が数えるほどしかいないからだ。
「そんなに強い人が……野に埋もれているのは惜しい気がしますね」
「強かったが、今は魔法が使えないからな。少し腕の立つ剣士程度の実力だ」
ケイム王子が言う。
「でも魔法に詳しいっていうのはポイントとして高いぞ。相手がどんな魔法を使ってくるのか即座にわかれば対処のしようもあるんだし」
「兄上は、ずいぶんサラを買ってるんですね」
「一緒に学んだ仲だからな。実力があるのも知ってるし、信用出来るのも知ってるし。何よりサラがいれば退屈しなさそうだから」
シン隊長はにっこりと笑った。
「退屈しないということについて異論はありませんが……。まぁ、兄上の思うようにしてください」
ケイム王子はむっつりとして言った。シン隊長ほど乗る気ではないようだ。その理由について、ボクは後々思い知らされることになる。
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