舞台袖で出番を待っているとなんだか落ち着かない。
結い上げられた髪にささった飾りがいやに気になる。
触ろうとしてやめておいた。くずれたら困る。
「ねえ変じゃない」
「いいや、よく似合っている、綺麗だ」
「……ありがとう」
澄ました顔で返事をするアルを見る。
彼が記憶を無くして幾月かたち、だいぶ成長した。
外見は幼児から少年になった。
細身の体にはしなやかな筋肉がつき、見るものにこれからの成長を予感させる。
「調子狂うのよね」
「何が」
アルが素直すぎるのだ。以前の彼ならば決して、褒め言葉など口にしなかっただろう。
なにかうまいことを言おうとして、転ぶ。
それがアルだったのに。
「ちょっとだけ、あのアルがなつかしい」


空は晴れ、陽だまりの中を歩けばあたたかい、ついでに懐もあたたかい。
今日の自分を祝福するようだ。
笑顔もこぼれ、鼻歌のひとつも出ようというものだ。
「んふふー、お仕事終わりっと」
「うまくいったようだな」
待ち合わせをしていたアルに会う。
今日は依頼の薬を届けに街までやってきた。
材料がそろいにくいため時間がかかったが、無事に出来た。
客は金払いもよく、とても喜ばれた。
これでしばらくこなすべき依頼はない。
アルと二人で休暇をとることに決めていた。
「時間余ったね」
日はまだ高い。
そういえば、と思い出しかばんの中を探った指が紙を探り当てる。
「ユリにチケット貰ってたんだった」
「なんだそれは」
ユリが知り合いのサーカスを手伝っているらしい。
よかったら仕事終わりにでも見に来てくれ、と誘われていたのだ。
「見に行こう、せっかくだから」
タダ券だし。
鼻歌交じりにアルの手を引っ張る。
タダより高いものはないと言うアルを説き伏せる。
彼の言葉が正しいと知るのはその後のこと。

テントの中は暗く、また口上が始まる。
タキシード姿のうさぎの仮面が司会だ。
長身によい声をしていて、場を盛り上げる。
どうも男装した女性のようだが、お客の中には熱い視線を捧げる娘たちがいっぱいいる。
動物の芸はうまく楽しめた。
「ワン」とほえる猫にはびっくりしたし、怪力娘には「素敵!!シズチャーン」と歓声を上げた。
「yeah!お次にお目にかけまするは、当代きっての 踊り子。長刀使いのミズ・チャン。踊りは華やかだが、反面気も荒い。おにいさーん踊り子さんには手を触れちゃダメよ」
ミズ・チャンにはファンがついているらしい、ウサギ仮面がその中の1人にすかさず声をかけると場内が沸いた。
「客いじりもうまいわね、あの人」
客が口々にチャンの名を呼ぶ、興奮が最高潮に達したその時、青い光が飛び込んだ。
いや、光に見えたのは髪を高く結い上げた娘だった。
青い衣装にスパンコールが縫い付けられている。
上半身はぴったり身体の線が出るように裁断され、胸元には身体のラインを強調するように赤い線が何本も入っている。
下半身はゆるいズボンを履いており、両手の袖は通常よりも長く何メートルもあるようだ。
袖の先に長刀が結び付けてある。
その袖が先ほどから娘の周りをくるくると回っている。
本人が独楽のように回転するのと同時に、シルフィード、風の精霊が協力しているようだ。
額と後頭部に感覚を集中すると、きらきら光る精霊が感知できた。
「精霊使いがいるんだ。っていうかミズ・チャンてユリじゃない」
「あれ」
アルが小さくつぶやき指差した先を見るとそこにはナーシアがいた。
楽器を持った娘たちのなかにまじっている。
楽器を動かす振りをして詠唱を続けている。
シルフィードは彼女の友だ。
彼女がユリのサポートをしているのだろう。
「それから先ほどから思っていたんだが」
「何」
「あれ、コウジとラーダじゃないのか」
「え」
ミズ・チャンの周りに彼女の妹分のような衣装を身に着けた娘たちが踊っている。
髪をお団子にして機敏に動いている娘たちのなかに確かに見知った顔があった。
「本当だコウジかわいい」
ラーダがかわいらしい格好が似合うのは周知の事実だが、コウジもなかなか似合っていた。
長刀を振り回す姉にボールを投げる。
彼女がそれを引き裂くと中から輝く紙ふぶきが舞い出た。
ライトを浴びユリはきらきらとかがやいた。

「うまいじゃない」「びっくりしたわ、もう」
舞台がはねてから、楽屋へ行き、みんなに会いに来た。
主な目的はコウジをからかうこと。
まだみんな衣装を身に着けたままだった。
まつ毛がずいぶんと長く、目の周りを強調するメイクだ。
早速コウジに声をかける。
「コウジかーわいい」
「オレだって女装はいやだって、がんばったんだ」
「このサーカス、全員女っていうのが売りだから」
なんでも聞けば、団長をはじめ団員が病気で倒れてしまったらしい、そこで急遽ユリ、イリスに声がかかったそうだ。
団長とは以前からの知り合いだったらしい。
それにしても急によくあれだけのことが出来るものだ。
イリスが胸を張っていった。
「イヤー私たち、けっこういろいろできるじゃない」
「確かにね、それにしても、ユリがあんなに踊れるって知らなかった」
ちなみに、司会の仮面紳士はイリスだった。
ウサミミって言うらしい。
ファンからの差し入れも日々増殖中。
「師匠たちだけで参加すればいいじゃないか、こういうの好きなんだから」
コージがちゃかして言った。
ユリは間髪いれずに言葉を挟んだ。
「コージ、ちょっと前のシーズンものだけど、金髪のチアガールとかキンキラ着物のお殿様のほうがよかったか」
「今の格好でけっこうでございます」
コージは両手を挙げて口をつぐんだ。
うーんユリ強いなあ。
「人手がまだ足りなくて、コージまでも駆り出してるわけ」
だからさ、手伝ってよ。
とイリスに手をつかまれた。
隣を見るとアルはコージとラーダに捕まっている。
振りほどけそうにない。
逃げられない。
引きつりそうになる顔を笑顔に変え、必死で言う。
「いやだって、芸がないし」
「歌がうまかったわよね、小さい時は2人で舞台にも立った。師匠は手品、私たちは歌と踊り」
「師匠新しい技覚えては、人に披露したがったから」
ふいに、幼いときの記憶がよみがえる。
めずらしい薬草を捜し歩き、技を披露してはその代わり宿にとめてもらった。
香料とりんごの入ったワインの味。
子ども用だがよく体が温まった。
「今でも習いにいってるでしょう」
「続けてはいるけど、人前で歌うのは違うから」
「アルは幻術を勉強してたわよね」
「ああ、簡単なものなら再現できる」
「そんなこと、正直に言わなくていいのアル」
「私が力を貸したげる」
黙って話を聞いていたナーシアが言った。
「歌を歌ってその情景を幻術でみせれば楽しいと思うの」
「さあ、話は決まったわね」
「本気……」

そして、突貫工事、又の名を地獄のリハが始まった。
「うー緊張する」
舞台袖で出番を待つ間、両手を組み合わせ、にぎりしめると、関節が白くなった。
その手をアルの手が包む。
「大丈夫だ、出来るから」
アルの顔を見ると彼は唇の端を少しだけ上げた。
「この数ヶ月ずっと一緒だった、どれだけ熱心に日頃歌ってたかも知ってる」
なにしろ、端で聞いている俺が覚えるくらいだ。
薬を作りながら歌うほどの歌好き。
「さあ。本番だ楽しもう」

昔、夫婦がいた。
とても仲睦まじかったが、ある時男が消えた。
女は嘆き彷徨う。

―いとしい人今どこに

方々探すが見つからず。
とうとう身体から魂が彷徨い出てしまった。
月を訪ねるが男はいない。
月の天女が首を振る。
地下深く黄泉の国を訪ねるが男はいない。
黄泉の女王が首を振る。

―あなた、あなた

あなたと私をつなぐ縁は切れてはおらぬのに、手繰り寄せても寄せてもおらぬ。
どこへ行ってしまったのか。
長い旅路の果て、とうとう男を見つけた。
男は眠るこんこんと。
湖の底で眠りつづける。
男は精霊にとらわれていた。
女は男と話すが様子がおかしい、どうやら記憶を無くしたようだ。

―この人を返してください
―この男は贄だよ。私が退屈しないよう。なんならお前、男の代わりになるかい

女はそれから精霊の退屈しのぎに付き合った。
気まぐれに出される問いに答え。
旅をし、そしてついに男と2人で解放されることになった。
女は男と手をつなぎ家路に着いた。

―お前様よかったこと
―ありがとう、本当に

さあ帰ろう物語は終わりに近づき緩やかに楽の音が上がる、身体から魂が抜け出た女のように、今は歌っている自分が下に見える。
空中に浮かび、周りの様子がいやに鮮明によく見える。
客の一人一人の様子がわかる、誰が集中しているかいないのか。
少し心がそぞろな客には声の糸をゆるく巻きつける。
そしてひっぱる、こちらをむいてねと。
場内の空気を整えると、最後の盛り上がりに入った。最高音を発する。
ここ一番の聞かせどころ。
歌いきると、自分はいつもの身体の中にいてまた現実がかえって来た。
ぼんやりとなった頭で隣を見るとアルが微笑んでいた。
―だから言っただろう、大丈夫だと
二人で手をつなぎ、挨拶をする。
拍手は鳴り止まなかった。


木々は高々育ち葉を揺らし、行く道には自分たち以外の人影もない。
「結局長居しちゃったね」
「サーカスの興行に丸々付き合ったからな」
団員が復活するまでの間手伝ったのだ。
あれから何度も歌った。
団長にスカウトもされたが、いつか縁があったときにと断った。
ようやく家路につ<くことになったのだが……。
「なんで私たち手をつないでるのかしら」
「舞台に立つうちに癖になったからだろう」
そうなのだ、緊張するといってはアルと手をつなぎ、舞台が終われば普通にまたつなぎお客さんに挨拶をし、手をつなぐのが日常になってしまった。
そんな二人を見て周りの人間はからかった。
日頃家事をよくするせいか、アルはサーカス内でもくるくるとよく働いた。
そんな彼は団員からかわいがられた。
重たい荷物でもひょいひょいもつ姿を見てカッコいいと思ったのは秘密だ。

―子どもなのにかっこいいなんて反則だわ

「何か言ったか」
「いいえ」
少し黙って歩いてから、沈黙を破った。
「歌っててね本当に幸せだった」
「ああ、よかった」
微笑むアルの顔がなぜか大人の彼の笑顔とだぶった。
大人の彼と子どもの彼が心のなかで一人になった。
なんとなく心に引っかかっていた小石が溶けていく様な気がした。
どうも自分はどこかで呪いを受ける前のアルと、今のアルをわけて考えていた。
いつかアルはまた昔のアルに戻って、今の小さなアルの記憶はなくなってしまうんじゃないのかと。

―ああ、でもこの小さなアルも昔のアルも全部ひっくるめてアルなんだわ。

「ふふふ」
「本当にどうかしたのか」
「あのね、もしもアルがまたドジって呪われても引き受けてあげるわ。面倒見てあげる、赤ちゃんアルだってどんとこいよ」
「またドジってなんだ……ついでにいうと今度は老人になるかもしれないぞ」
「うーんそれはちょっとした試練ね、でも一所懸命にお世話するわ、アルが何回おんなじこと質問しても、何回でも面倒がらずに返事するから」
「……一応感謝しておく」
困り顔でも生真面目に返事をするアルが面白くて、一言付け足した。
「セクハラも3回までなら許すわ」
「……」
今度は沈黙したかと思われたが。突然アルが腰に抱きついてきた。
「こら、アル」
「これはセクハラか」
「そーね、セクハラ一回」
「じゃこれは」
上着から指が入り、シャツをたくし上げた。手のひらがわき腹をゆるく這う。
「ア、アル」
「これで二回目」
あと一回か。小声でアルがつぶやく。不吉だこれはまずい。
「このへんでやめときなさい」
「だいたいしゃべりすぎなんだ、人をよくからかうし」
腰に回していた両腕のうち、アルは片手をはずすとそのまま頭の後ろに移動した、もう片方の手で腰を引き寄せられた。
息が触れる。アルの目に自分が映りこんでいる、ずいぶんとぼっとした顔だ。
「じゃ、これで三回ということで」
ここまでで抑えたから、罰はなしだよ。先帰るから。
アルは恥ずかしかったのか一息で言い切ると、走って逃げた。
「こら、アル、待てー」

おいかけっこはしばらく続いた。






そうさんから頂いたモンプチ2の二次創作小説でした。
Probationのメンバー全員集合でなんと贅沢(私にとって)な作品なんでしょう!

そしてアルフリートの可愛いこと可愛いこと可愛いこと。
……可愛いこと!(しつこい)
セクハラしたいよさせたいよ〜。
本気でモンプチ2を作りたくなりました(笑)

そうさん素敵な作品をありがとうございました。




……ちなみに作りたくなって描いてみた ラフ画